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露天の室内化

  • pafumars
  • 1月5日
  • 読了時間: 2分

更新日:1月8日

先日(12月20日)の中村景月さんの都市空間編成研究会での「北海道における戦後屋台の厚生/更生をめぐる整理と存続」の発表はとてもおもしろかった。都市史研究として捉えるならば、札幌のさまざまな場所に屋台・露天が出店する場所が確保され、それが市街の再編に応じて転々と動いていくという過程が興味深い。しかも、その移転を進めるのに、行政が露天を「更生」するとして、支援していくという経緯も興味深い。そもそも闇市を形成した露天は、イリーガルに動いていくという性格を持っていたと認識していたのだけど、少なくとも札幌の露天たちの動きはそうではなさそう。札幌での露天商の動きは、神出鬼没ではなく、かなり行儀のよい計画的なものになっていた(一部に跳ね返りもあったようだけど)。私の感想なのですが、それは寒い!からだったということが大きかったのではないかと。札幌で、外気に晒されながら飲食する、買物をするというのは、かなりきついこと。なので、露天や屋台と言っても必死に室内化する。写真は発表で紹介してくれたもので、既存の建物に張り付くように店を作ったものだけど、残された写真に見られる露天商の店舗はこのように必ず壁で包まれた空間を作る。しかし、そうすると動きは必然的に鈍くなる。しょっちゅう場所を移動して、という営業は難しくなる。そのため、特定の場所ごとの集団化が進んでいく。ということだったのかな、と思いました。同じ戦後露天・屋台の動向でも、環境によって大きな違いが生じていたことが了解できたのでした。



 
 
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