周縁にある「裏」を辿る
- pafumars
- 1月15日
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1月10日の土地と人間研究会は高木博志さんの「ブラタカギ」でした。かなりの距離を歩きましたが、疲れている暇がない、きわめておもしろいものでした。高木さんが研究の射程にしてきた天皇制から広がる光と影、あるいは聖と俗、表と裏の文化的諸相については、常にその二面性が転換したり入れ替わったりするもので、そこがおもしろいものの、話が錯綜し、捉えどころがどこにあるのか迷ってしまうところもあります。だけど、その現場となる場所を辿ると、何を捉えて考えるべきなのかがはっきりとしてきます。今回は、六録楼周辺の弓矢町から、大谷本廟・祖廟、豊国社、七条新地(五条楽園)などをめぐり、祇園で食事をした後、石塀小路を含む席貸街など、東山という都市の周縁をめぐる巡検でした。一つはっきりしたのは、東山という京都の周縁にひだのように形成されている尾根と窪地の繰り返しが、独自の文化の諸相のようなものを作っていたことです。写真は鳥辺野としての大谷廟の一番奥のあたりです。墓地の風景として圧巻なものなのですが、こうした得意な風景には、まさに表と裏がひだになっている様が表われているのでしょう。そして、今回は、とりわけそのひだの裏(影)の部分に埋もれているきわめて濃密な社会の痕跡を感じ取ることができたのです。表のまぶしい光から、それをさえぎって存在してきた影の社会の歴史は、いまの光がまぶしすぎることを改めて感じさせてくれます。





