残すもの、残さないもの
- 2 日前
- 読了時間: 1分
先日(5月16日)の砂川晴彦さんの都市空間編成研究会での富山県大火復興の発表はすごかってです。何がすごかったと言うと、同じ昭和初期に行われた富山県の五ヶ所での大火復興の事業について、これでもかと言うほど情報が詰め込まれていたことなのです。木造復興住宅計画、区画整理と換地の実態、街路計画、公園計画、社会事業、住宅政策、住区類型、墓地や境内地の整理、復興祭、そしてそれら事業を担った技師が誰であったかという考察まで、全方位で復興事業を調べ上げたというものでした。パワポのコマ数72!。確かにこれだけの調査データが重ねられると、大火復興事業がどのように組み立てられていったものなのか、その全体がおぼろげながら見えてきます。ポイントとなるのは、その事業で何が残され、何がリセットされたのかとうこと。その場合、「何が」には、必ずしも物理的なモノだけではないことも見えてきます。その意味で、個人的に一番興味深かったのは、最後に説明してくれた、祭礼巡幸の順路の変更ですね。祭礼が地域で持ち得た意味とはどのように理解されたのかがうかがえます。復興事業史で捉えるべき本質は、その事業が理解した地域の価値や意味がどのようなものであったのかということなのでしょう。





