建築を越える美しさ
9月10日
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写真のような重量級の作品集が2冊送られてきた。アメリカとオーストラリアで編集・出版された隈研吾の作品集だ。隈さん、送ってくれてありがとうございます。驚くのは、集められた作品の圧倒的な美しさだ。それぞれ素材やディテールに焦点を当てて作品を並べたものなのだが、とにかく美しい。木、竹、石それぞれの素材が持つ本来持っているそれぞれの美しさをどうしたら表現できるか。それぞれに異なる組立方で魅せている。その美しさは、もう建築物であることを忘れさせるほどなのだ。その美しさは何の美しさなのか。モダニズム以降、ずっと建築デザインの基調となってきたモダンのセンスとは違う。簡素でシンプルであることは指向していない。きわめて雄弁である。だからといって、それを批判したりその先に到達しようとするものでもない。それが独自の境地を開いているようにも見える。しかしそれは、かつて「負ける建築」を標榜し、消費社会での建築の社会的な立ち位置を模索しようとした姿勢とはどう繋がるのかは見えにくい。社会的な意味での「建築」であることを忘れさせる表現は、はたしてどこに着地するのか。興味は尽きない。隈研吾を日本を代表する「建築家」として信奉する人々にとっては、この作品集は危ういものなのかもしれない。だから海外で編集・出版されたとも考えてしまう。





